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幕末~維新期

元治元年(1864年)江戸市中警護の功により2万7千石を加増され石高は16万7千石に達した。

幕末、上山藩とともに江戸薩摩藩邸の焼討事件を起こし、新政府軍による徳川家武力討伐の口実を作った。

戊辰戦争では慶応2年、松平権十郎を中心とする派閥が公武合体派を攻撃し、逮捕投獄による藩論の統一を経て、会津藩とともに奥羽越列藩同盟の中心勢力の一つとなった。但し、奥羽越列藩同盟は会津、庄内の謝罪嘆願を目的としたものであったため、正確には両藩は加盟していない(会津、庄内間で会庄同盟が締結された)。戦争では、新政府側の新庄藩、秋田藩領内へ侵攻。当時日本一の大地主と言われ庄内藩を財政的に支えた商人本間家の莫大な献金を元に商人エドワード・スネルからスナイドル銃など最新式兵器を購入。清川口では攻め入る新政府軍を撃退。その後新庄を落とし、内陸、沿岸から秋田へ攻め入った庄内軍は家老酒井玄蕃率いる二番大隊を中心に連戦連勝、新政府軍を圧倒する。内陸では横手城を陥落させた後さらに北進、久保田城へ迫ったが、刈羽野で大きな敗北を喫した。東北諸藩が続々と新政府に降伏していくのを見て孤立を恐れた藩首脳部は撤兵を決断。明治元年9月26日(1868年11月10日)恭順した。結果的には恭順したものの庄内藩は最後まで自領に新政府軍の侵入を許さなかった。
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12月に公地没収。11代・忠篤は謹慎処分となったが、弟・忠宝が12万石に減封の上、陸奥国会津藩へ、翌明治2年(1869年)6月には磐城平藩へと転封を繰り返した。本間家を中心に藩上士・商人・地主などが明治政府に30万両(当初は70万両の予定だったが揃わず減額が認められた)を献金し、明治3年(1870年)酒井氏は庄内藩へ復帰した。共に列藩同盟の盟主であった会津藩が事実上の取り潰しとなったのと比べ庄内藩は比較的軽い処分で済んだ。これには西郷隆盛の意向があったと言われ、この後庄内では西郷隆盛が敬愛され、明治初期に薩摩藩へ留学生を出すまでに至っている。明治2年9月29日、藩名は大泉藩と改称された。

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2009年11月27日 01:48に投稿されたエントリーのページです。

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